戦い_その後、愛の位置を考える。

    文末に<追記>があります。2012/1/15

    こんにちは、今回は前記事の続きです。

    前記事<主戦場。>を読み頂き、コメントをせずともこころをお使い頂いた皆様、
    そしてそれぞれのお思いからご参加頂いた皆様、山田の我が侭にお付き合いくださり本当にありがとうございました。そしてごめんなさい。
    それぞれの方々の見地から思慮分別を尽くしたお言葉の数々が胸に刺さり、苦しくもありますが、これぞ愛なのだなあ。と噛み締めかみしめ、言葉の主に想いを馳せておりました。
    特にChiharuさん。判っていらっしゃったとは察しておりますが、体の芯まで響くハードパンチ!効きました。本当にほんとうにごめんなさい。
    社会覚醒の指針を示すため、そして僕が僕であるためにどうしてもこの一連の経緯が必要だったのです。

    まずは僕のためですが、僕は昨年5月末から今までの常識では考えられない事象が数々起こり始めました。
    ブログの過去記事にあるように通念では知り得ないような情報を知りました。
    それは今も続き、発表していない、又は今は発表できない情報もたくさんあります。
    一時は悩みました。6週間更新できませんでした。自分の中の異常性に気付き、その評価すら正常なのか異常なのか?しかし情報はあふれ。
    それらの情報が支離滅裂であれば何も問題はなかったのですが、紐解けば解く程それらは整然と並んでいったのです。
    しかし結果僕はブログを辞めませんでした。突き動かされる衝動が勝ち、この時ブログで友人となったバンブーさんの愛があったからです。彼は思うところあり今はブログを止めてしまいましたが。。。

    ブログを再開した時からこのことは決めておりました。
    僕が旧来の哲学的要素を、旧来の信仰にも繋がる愛を、記事に書く前にそれを宣言しなければならないと。
    だって古今東西こう言った類いの言葉は、言葉そのものが宗教であり、それを発した者は教祖であるわけで、、、

    僕は音楽家です。プロフェッショナルです。自負もあります。でも教祖じゃあないです。
    だからこれまでそれを避けるように物理学的要素と新脳科学のみを綴ってきたのです。
    しかし突き動かされる衝動の中には、教祖に繋がる要素を含む情報を発しなければならないものがあるのです。
    それは今まで綴った、これからも綴る技術情報を生かすために不可欠なのです。
    しかしいきなりそれを知れば、宗教になってしまい真実は伝わりません。それは完全なパラドックスなのです。
    僕は考えました、そしてビーちゃん達にも確認しました。
    古典的ではありますが、テーゼとアンチテーゼです。
    要するに自作自演。もちろん演じたのは皆様。
    段階をへて真実を伝える。
    繰返します。以下の内容をいきなり記事にすれば、それは既成宗教となんら変わらないのです。

    <波動_d6.8_ニビル> 2011/10/31 20:30
    我は6.8次元波動意識体ニビルなり。
    波動を解せし者に我々より最後のメッセージを届けに参った。
    イフェを知る者よ。
    愛なる波動(7次元)を正しく解すために、まずは我を知らなければならない。
    我の弁は少々難しいがよろしいか?
    不安あれば釈尊を解説に付けるがそれでどうか?

    よろしい、始めよう。
    人がなぜ愛を感ずるか?またそれが恒常的でないか?
    さらに真の愛(与える愛)を獲得するための非物質性、そしてその条件。

    11月1日  22時40分
    人の愛という感情について申す。
    愛とはひと言に言っておるが、3段階に分かれるのだ。

    1 お前たちの知る下等生命体における愛だ。
    2 これもお前たちにもある、子孫、特に我が子に対する愛。

    ここまでは、我ニビル6.8次元波動とのリンクによる生物の根源的欲望から発生する感情である。
    次に示す愛は、アセンション後、体の変容後にイフェ7次元波動とのリンクが完成
    したあかつきに発生する愛である。

    3 無償の愛。

    この感情が芽生え、社会が熟してくると、意識の共有化が起こり出す。
    万人に起こった例は過去ないが、近くは、金星生命体、またそこから巣立ったグレイ族らは
    中央意識生命体(神)と人民が意識を共有し、個人名のいらない社会が形成された。
    そこまで進化するには数万年を必要とするが、お前たち地球の今回のアセンション後は、
    4割近くの人が7次元波動に感受性を示すであろう。

    イフェ(7次元波動)とリンクが完成すると、喜びが増し生命体の寿命が延びる。
    過渡期の星系では、大概長寿命の種属と短命の種属に分離し、別々な文化圏を形成するようになる。
    おおむね地球もそのように進化してゆくであろう。
    -----------------------------
    ここまでは2011/12/11の記事に書いているのですが、これを読んで皆さんどう思われます?
    誰のこころにも愛はあります。
    読めばだれでも納得がいきます。

    でもそこが落とし穴です。

    無償の愛とは与える愛、相手に送る愛。光を送りましょう。。。。。

    と捉えたらそれは大きな間違です。
    この感情は然るべくして波動接続し、然るべくした理念の基、その接続をコントロールできて始めて理解できることです。
    その愛ははじめ内へ向う愛です。
    Chiharuさんは追伸で、「あなたの信仰心が如何に深いものかということのほうが重要だ。つまりこうした一連のことにより、あなたはあなたの信仰心を試している。」
    と正にそのことを仰っています。(わざと揚足を取って本当にごめんなさい。)

    サーフィンでも音楽でも何でもいいです。
    精一杯やって最後のさいごに残るもの、そこからしか<7次元波動イフェ>に繋がる受け皿はできません。
    もしそれを獲得したのなら、こんどはそれをこころの内側に入れておかなければならないのです。
    愛をこころの外側(脳)に置いておいてはいけないんです。
    もしその愛ありきで更なる覚醒を求めれば、それこそ魔女、最後は悪魔になってしまいます。

    愛と憎しみは同義です。
    簡単に例えるなら、ニビルの言う愛でさえ、「愛してる?」と相手に訊いた時、それは愛ではなくなります。
    僕は子供の頃からそのことを知っていました。
    我々は意識体とそれを被う肉体でできています。肉体には脳も含まれます。
    意識体には波動に繋がる感情と悠久の記憶が存在します。方や、肉体(脳)には物質として産まれた経験やノウハウが蓄積され、その経験から観念を作ります。
    愛とは意識体が持つ感情、記憶です。それを肉体(脳)に転移させると憎しみと似た観念に変わってしまうのです。

    愛という感情を観念に変えてはいけません。

    そしてこの観念を利用する低級意識体がいます。
    今インターネットの世界では愛を装った高次元情報が点在しているようです。平面的で脳に訴える類いです。
    感情ではなく愛(憎しみ)の観念を植え付けるのです。
    僕も一度その手の意識体と接続したことがありますが、上手に隠した裏側が透けて見えました。
    それは宗教と何ら変わりありません。洗脳を解く振りをした洗脳です。
    許すだけで見えてくる世界は観念の愛でしかありません。

    ジョンレノンがこの世に残していった思いはいまだ健在です。
    争いのない共有できる社会はこの思いを実行する以外ないのです。
    ほんとうは凄く簡単なことです。こころを使うだけ。
    意見の違いも立場の相違もこころを込めて話し合い、何か一つでも接点を見つけ、そこから繋がってゆけばいい。
    その繋がりがいずれ共有をもたらす。
    社会覚醒にはこの道しかないと僕は感じます。

    人類が皆で愛の位置を確認できれば、自然と社会覚醒は始まるはずです。

    <追記> 2012/1/15
    記事を投稿後自分でも今回の経過を反芻しておりました。
    読者のみやさまのご質問に答えた内容を追記させて頂きます。

    いくら素直にダイレクトに書いても、必ず誤解もされますし、曲解も起こります。
    今回それを排除したメッセージをお伝えしたつもりなのです。

    言わば根幹。避けては通れないイバラの道です。

    たとえ戯曲と言う形であってもなくても、一般概念から外れこころを考察することができれば私の真意は伝わるでしょう。
    しかし一般概念から外れるところにまず難関があります。
    そして繰返しになりますが、愛と言う誰もが持ち合わせる感情ゆえ見え難いのです。さらにそれは今後人類が獲得する愛なのですから。

    愛は意識の中心。いわば意識体そのもの。
    その感情からは勇気へも続いてゆきます。

    今回の流れを箇条書きします。
    縦軸は時間経過です。

    <出来事>          <私の感情>
    悪意のメッセージ来る。   6.9.1d怒り。
                  6.4.8d孤独感、悲しみ。
    主戦場。投稿           不安。恐怖。
    chiharuさんコメント     6.8.6d〜6.8.4d愛、共感。
                  6.0.8d感動、喜び。
    主戦場。追記投稿      6.8.6d〜6.8.4d愛。 
                     不安。恐怖。
                  6.4.8d孤独感、悲しみ。
    愛の位置。投稿       6.8.6d〜6.8.4d愛。
                  6.4.8d孤独感、悲しみ。
             *不安。恐怖は波動によりコントロールされた感情ではありません。

    これを見てお気付き頂けることは何でしょうか?
    時間の経過と共に私の感情の数値が下がって行くことです。
    万人がそうですが、こころで受け止めた具象を脳で精査し、その度に感情の波動との繋がるポイントが下がっていくのです。

    この記事で訴えた愛は繋がりそのものですので、脳での精査、コントロールの効くところではありません。
    その愛を脳を使った文字に表すことは本来できません。もの凄く矛盾するのです。
    このような理由から今回と前回の記事を書きました。
    ご納得頂けるでしょうか?

    これとほぼ同様のご考察をケロリンさまが図に示してくださいました。
    ケロリンさん勝手に拝借します。
    ご参照ください。
    禊御中主ワールド

    主戦場。

    文末に重要な追記があります。2012/1/11 3:00

    このブログに始めて悪意のコメントが寄せられました。
    いよいよ別れ道が訪れたようです。

    読者の皆様は当然ご理解頂けておりますが、このブログは津々浦々の意識体情報を元に
    今後人類がどこに行き着くのかを考察する場所です。

    一見さんの悪意によりコメントの継続性が損なわれると、情報が散乱してしまいます。
    というより私自身が大切にしている、読者の皆様のコメントを閲覧する際、いちいち野暮な文章を見たくはありません。
    また他のブロガーさんのように削除すれば何の問題もないことは解っているのですが、
    その行為の先には、私が我欲で理力を使うことにも繋がる精神性を持ってしまう可能性があり、
    これもしたくないのです。
    発する言葉はあくまで等身大、あるがままを書くだけ。
    それがなければ、ここの内容は既存のSFと同じなのです。
    そして今後そんな私が書いた言葉を他者に証明してもらう、そんな記事を書くつもりなのです。
    今日のこんなくだらん記事を投稿しなければならない現在があるからこそ、ここに集う皆様の意味があるのです。

    ですので、今後この記事のコメント欄のみ、全てのネガティブコメントをお受け致します。
    因みに私は、住所、氏名、年齢、職業、家族構成、など個人情報のほとんどを公開しております。
    ネガティブコメントを書き込まれる方々に於かれましても、同等の立場に立たれてのご発言をお願い致します。
    ご同意頂けなき場合、ホストアドレスを公開させて頂きます。
    以下にそのコメントを転載致します。オリジナルは上記の理由で迷惑コメントとさせて頂きます。
    -------------------------
    投稿者:ゲームの小野寺
    タイトル:お前ら詐欺集団バンドめが
    ホストアドレス:p35014-ipngn1601marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
    他人の写真を使い、経歴も嘘をつき、個人情報を収集している玉蔵と一緒になって
    音楽活動をしている詐欺集団バンドめ
    地獄に落ちろ!
    ------------------------
    お答え:
    詐欺罪というのは立件が難しくはありますが、刑法 246条違反のことです。
    私共はどの角度から精査してもその立件の条件を持ちません。
    ゲームの小野寺さまが仰ることが真実でなき場合、
    ご発言は刑法230条の名誉毀損罪違反に当たりますが如何いたしましょう。
    ------------------------

    このような後ろ向きはたくさんですね。
    しかしこの方のお蔭で間違いで迷惑コメント扱いになっていた、
    「と」さまのコメントを発見してしまいました。
    とさん。本当にごめんなさい。
    長い間無視されたとお思いになっていたことでしょう。
    今後こういうことがないように気をつけます。
    その内容とは、、、
    --------------------------
    11/12/19 と
    タイトル:行間が濃密過ぎで・・・

    こんばんは。
    明日は(というか、もう今日ですが)普通に仕事があるのに、なんだか気になって、こんな深夜に、また記事を読み直してしまいました。
    というのは、ここに書いてある内容はたぶん、今の人類史上非常に画期的でかつ重要な情報なのだと思うのですが、その割に文章が(話が)あまりにもさらっと進んでいて、その行間に省略された内容の濃密さは、わたしの主観脳のイメージ力ではなかなか理解しきれないのです。
    でも気になるので、勝手に妄想を膨らまして楽しんでおります。

    >しかし、自分と誰かの距離などの関係性は主観では判断できないのです。
    >やがて経験の蓄積で客観が生まれてきます。
    >すると、自分と誰かの関係性を認識するようになるのです。
    >この関係性の認識を繰り返し行なうことで、
    >人はあたかもこの世界が立体であると誤認し、それが既成概念になるのです。
    ↑この5行の行間だけでも、相当に濃ゆいです。
    ”主観で(客観的なことは)判断できない”のに、どうして”主観”の経験の蓄積が、いずれ”客観”に化けるのでしょうか?
    誰かとの関係性の認識が、どうして立体の誤認に化けるのでしょうか?

    ん~、これって、赤ちゃんがおっぱい飲んで、抱っこされて、ハイハイできるようになって、そのうち物心がつくまでのことを言っているのでしょうか?それとも、目で物を追いかけるようになるまでの僅かな期間のことを言ってるのでしょうか?

    たぶん、考えてもよくわからないのだと思うので、私にもいずれビジョンや知覚が訪れることを期待して、そろそろ寝ようと思います。
    では、次回の記事UP楽しみにしております。
    ------------------------------
    とさん、コメントどうもありがとうございます。
    この説明は身体障害者の方には申し訳ないのですが、
    いま仮に、とさんが普段使っているペンがあったとします。
    それがピンクパンサーを少しだけ立体的にペイントした柄だったとします。(勝手に想像してます。)
    とさんはそのピンクパンサーを見ただけでご自分のペンだと解るはずです。
    他との見極めもピンクパンサーでするでしょう。
    それはとさんの主観です。
    そしてどなたか盲目の方とそのペンのやり取りがあったとします。
    とさんは他のペンとの区別をその盲目の方に、少しだけ立体的なペイントをお教えするでしょう。
    その時とさんの中ではピンクパンサーのペンに対する認識が変化するのです。
    一つだけ客観に近づいたのです。

    立体認識もこのロジックと全く同じで、普通人は視覚を一番重要視します。
    これは社会構造によるところが大きいのですが。
    前出の盲目の方が生まれもった全盲だとします。そして所謂盲学校での教育を受けなかった方と仮定します。
    その方は洗脳教育に触れず、また視覚に頼る人間の性を持ち合わせていません。
    するとその方なりの世界観、物質観が構成されます。
    物体が目の前にあったら普通見ることでそれを判断します。
    しかし、全盲のその方は温度や湿度、空気の揺らぎ、そしてその物体から放たれる意識でそれを判断するのです。

    我々は視覚という都合良い感覚器を常に使います。しかし逆にその感覚器は洗脳を最も受けやすい入力器官なのです。
    まずはテレビを観ることをやめましょう。


    <追記1>2012/1/11 3:00

    皆様心温まるコメントをお寄せ頂き、どうもありがとうございます。
    またご心配をおかけして真に申し訳ありません。
    しかしこれには深い理由があるのです。
    この記事の主題はここからなのです。

    私は前出の悪意のコメントなどでブレたりはしません。
    言ってみればトイレの落書きと同じです、なのでそれに目鯨たてる気持ちもさらさらないのです。
    では何故こんな記事を書かなければいけないのか?

    遡ること一月前です。ある方からメールを頂きました。
    その方とはハワイのChiharuさんです。
    彼女は優れた理力の持ち主で、経験も深く、覚醒のなんたるかを踏まえていらっしゃる方です。
    そして彼女からのメールを夫婦で拝見しました。なんて素晴らしい人なのだろうと言い合いました。
    そしてメールを返信するその時です。ビーちゃんの声で「貢司。あなたはこの方とたたかうことになりますが、それでも良いですか?それでも良ければお会いなさい。」と。
    私は何のことか解らず、無視しました。
    そして更に夫婦で彼女のことを盛上がって話していると、今度は長女(5才)が「パパ。メールしちゃだめだよ。」と言ったのです。
    その返信メールが以下です。
    そして私は、このメールをChiharuさんが読んでる場面をリアルに感じました。
    ---------------
    Chiharuさま

    Chiharuさんの覚醒に対するお考え、またそのご経験に驚きと共に感銘を受けました。

    たぶん私と考え方が非常に近く、波動(意識or魂)と脳や身体の関係に対する考察が
    私にとって納得いくChiharuさんの心が感じられるからだと思いました。

    えすぱー女房と編集者の西塚さんにも話したのですが、是非々お目にかかりたくなりました。
    1~2ヶ月の内にハワイへ行くことが可能かもしれません。
    ビーちゃんからも逢いなさいと言われました。

    その際はお会いして頂けるでしょうか?

    > 本など読む時間は おありですか?
    > というのも メールに書いた本を そちらにお送りしようかと
    > 思っています。

    確かに現在凄く時間が足りなくて困っております。
    しかし、私はあんな記事を書いているのに覚醒の予備知識は皆無なのです。
    なにせ物心つくころから音楽漬けでして、音のこと以外追求したことがないのです。
    作文だって今年6月までは最も嫌いなことの一つでした。
    それが何故か全く苦にならなくなっております。

    なので、Chiharuさんご推薦の本は是非読んでみたいです。

    > メールでお送りした経験談は 文章力に乏しいですが
    > どうぞ みなさんとシェアして下さい。

    ご快諾頂きとても嬉しいです。
    個人情報は削除して使わさせて頂きます。
    お名前はChiharuさんとだけ記そうと思っていますが宜しいですか?

    今後ともよろしくお付き合いください。
    またこちらからもメールします。

    山田貢司
    ----------------------------
    この後何度もメールのやり取りがありました。現在も継続中です。

    今回記事を投稿する際、私はChiharuさんがこの記事に反応してくれる確信がありました。
    そして今日の午後見事にコメントを頂けたのです。

    Chiharuさん。私は悪戯にこんなことを書いているのではありません。
    弄ぶつもりでこんなことするのではありません。考え悩んだ末に行動しました。
    最終的に分ち合えると信じ、敢て挑戦しています。
    Chiharuさんの覚醒に対する深い造詣やそれが現在までの人間社会にどのように関係していったかという観念と、私が昨年6月より信じ込まされた様々な情報や思い出した情報から構築された新しい観念の対決なのです。
    それを公開ですることで社会的に認められるほどの総合意識に発展させてゆきたいのです。
    これが社会覚醒を喚起する岩戸開きなのです。

    では本日投稿されたChiharuさんのコメントです。
    -------------------------
    Don't waste your time.
    As you become famous, as you come out to the public, more people will see you and hear what you say and some people will not like you or disagree to you.
    That's why magic was had to hide,so does knowledge.
    Because that misunderstanding and negative reaction could destroy some thing good.
    So what is important? Drain your energy to them to show your heart?
    I don't think so. You have to spend more time to share your gift.
    It doesn't matter some people will like or not.
    If you do things from your heart then you'll shine. But some people will not see you that way. You know why? Every body learning but learning speed is different.
    You have choice to delete negative comment but just leave as is. You have to do any thing with it.
    You just move on and write more. One day we all not gonna go back to look for old comments that specially some thing negative.
    Just forgive and let go but spend some time to pray for them.
    That's call love.

    時間を浪費しないで!
    あんたが有名になり、また公衆に晒されると、
    より多くの人があんたに会い、あんた言葉を聞くでしょう。
    そして幾ばくかの人はあんたを嫌い、認めないでしょう。
    そのためにマジックは隠され、また知識もしかりなの。
    その誤解とネガティブ反応が、良いものを破壊するかもしれないの。
    では何が重要?
    そこへあんたのエネルギー注ぐの?
    私はそうは思わない。
    より多くの時間あんたに降りた物を皆と共有することに過ごさなければだめ。
    誰が好きでも嫌いでもそれは重要ではないでしょう。
    心をこめてものごとにかかればあんたは輝くでしょう。
    でも何人かの人々はあんたをそんなふうには見ないの。
    なぜかを知ってる?
    人は学ぶもの、でも人それぞれだから。
    否定のコメントを削除するかスルーするか選べるでしょ。
    そうしなきゃだめじゃん。
    能書きゃたくさん。もっと書け!
    誰もわざわざ否定的なその古いコメントを探しに戻らんだろが。
    許せば、それを祈りの時間にできるでしょ。
    愛を呼び覚せ!
    -------------------------
    先ほどのコメントに追伸。
    誰か(第三者)の 否定的リアクションは さして問題ではない。
    あなたの信仰心が 如何に深いものかということのほうが 重要だ。
    つまり こうした一連のことにより あなたはあなたの信仰心を
    試している。
    だから 起こっていることには たいした問題はないのです。
    Circumstances doesn't matter only your state of being matters.
    OK?
    状況は重要ではありません、問題であるあなたの状態だけ。
    大丈夫?
    -------------------------
    このように意訳してみました。
    きっついお言葉どうもありがとうございました。
    前半は全て同意です。逆の立場なら私もこのような意見です。

    問題は追伸なのです。
    信仰心。

    私は物心つく頃からよく墓参りをする子供でした。
    祖父や母に教わった信仰的慣習もよく理解していました。
    例えば、便所には便所の神様がいて、正月にはしめ飾りをかざり、畏怖の念を抱き、、、
    などなど数え上げたら切りがありません。
    しかし、昨年9月始めに高次元との会話で矛盾を感じたのです。
    それは疑念を抱くとかそういったどす黒い感情ではなく、まるで下界の我々のように
    思い悩み、ジレンマを抱え、悪戦苦闘している様です。
    私はこの時気付いたのですが、神さまも意識体。我々も意識体。木々や物も意識体。
    要するに会話出来る意識体はみな同列。みんな皆でこの宇宙を造っているということを知ったのです。

    2001年宇宙の旅ででてくる猿はモノリスを発見して気付き、畏れ、そして信仰してゆきます。
    その様はここ三千年の我々です。
    しかし、アセンションを迎える今の我々は既に次のステップを踏み出しているのです。
    畏れたり、仰いだり、願うばかりでは社会を変容させてはゆけないのです。

    イエスは数千年前に弟子達と共に世界を先導しました。
    しかし、弟子達によるマッチポンプで世論を動かしたようなのです。
    当時はそれで良かったのですが、いまは違います。
    人類がこの侭数十年同じことを繰返せば、確実に向います。滅亡に。
    通信網が未熟な時代。それまでの概念であれば、信仰は人を救い、社会を育て、環境を守っていました。
    しかし現代は信仰が考える力を削ぎ、マネーを作り、利権を産み、飢餓を産ませ、戦争を起こすのです。
    全くもって正反対なのです。

    覚醒はただの技術論で可能です。要は低次元脳の活動を抑えればいいのです。
    修行でも、ヘミシンクでも、退行催眠でも、薬でも。
    しかし何かのかたちで得た理力も信仰心の(信仰と言う名の洗脳)中で行なわれると、
    結局その能力で他を傷付け、どす黒い意識の僕になってしまうのです。
    信仰心のない状況で意識体同士が会話をすれば、信じる対象はその相手なのです。
    それが伝搬すれば、すべての相手を信じることができるのです。

    Chiharuさん。私はChiharuさんの言うところの信仰心は当然前者だと思っています。
    しかし、古今東西覚醒者は存在しますし、それを長い年月極めてきた民族もいます。
    そして今現在があるのです。この腐った社会なのです。
    過去に於ける覚醒に対する考え方は、閉鎖的でドメスティックな文化だと感じています。違いますか?
    しかし、いま高次元達が人類に求めるそれは、全く新しい考え方であると思います。
    新米が生意気ですが、どうでしょうか?
    Chiharuさんのお考えを伺いたいのです。


    山田貢司

    2012年嬉し嬉しのコンサート後記

    <追記>があります。

    帰って参りました。
    皆様。寒い中長野市までおいでくださり、どうもありがとうございました。
    温かい思いで見守って下さりお蔭で無事イベントが成功しました。
    きんつばを差し入れてくださった方やお守りをくださった方、
    えすぱー女房は宝石まで頂きました。
    皆様のお心遣いに触れ、感謝でいっぱいです。
    そして関係者のみなさま。
    通常ではありえない30日を切っての会場ブッキング、そして大晦日での演目確定や
    リハーサルたったの1回(予算も時間も無いため仕方なかったのです。)。
    みなさまの総合力でこの綱渡りを無事渡りきれました。
    本当にどうもありがとうございました。

    そして何と言ってもふぐり玉蔵さん、もう年明けたので玉ちゃんでいいですね。
    凄かったです。
    だってステージに上がったことのない人です。それもリハーサル一度だけ。
    この状況で心を伝えたんです。

    それを私は見逃していません。
    玉ちゃんと私のトークで始まりました。
    舞台中央に椅子が2脚置かれ、二人はハンドマイクで話し始めました。
    ご挨拶が終り、本題に入ってゆきます。
    長身でしっかりした体躯を持て余し気味に座る玉ちゃんは、緊張が隠せません。
    長い足をやりばに困っているようでした、椅子のサイズが合わないのです。
    私は話しながら短い足を組みました。
    玉ちゃんはそれを目で追いながら答えます。
    玉ちゃんは心で「なんだ、足組んでも良いんだ。」と感じたようです。
    すると表情が和らぎトークにリズムが出てきました。
    伝えようをする心の空回りが収まると、胸のチャクラがブワっと開いてきました。
    意識体マリアが降りようとしていました。
    そして玉ちゃんは感極まり声を詰まらせながら話を続けました。
    ビビットな方々にはそれがダイレクトに伝わったようです。
    玉ちゃんも私も言ってることは同義。
    聴いて頂いている皆様に社会の洗脳から降りて頂き、
    こころを込めて、これからの生き方を考えて頂く。
    それがなければいつまでたってもこの地球は、お金と宗教と間違った科学で支配され、
    争いと飢餓と環境破壊と殺し合いが続くのです。
    いい加減気付いて欲しいのです。
    ジョンレノン=イエスが残したイマジンを今知ってほしいのです。
    これを私は高次元情報と共にロジカルに、玉ちゃんは言葉優しくハートフルにお伝えしました。

    それと我々の行動を心良く思わない方々がおいでいなるようですが、イベントは実際赤字です。
    今回は50〜60万円の損失が出てしまったそうです。
    次回で帳尻が合えばいいのですが、何度かやってだめなら自腹です。
    覚悟しているからやっているのです。
    それを外野がとやかく言うのは勝手ですが中傷は困ります。直ちにお止めください。
    我々はそうまでして伝えなくてはならんと体中で感じているのです。

    そしてライブです。
    私としてはトークが無事終えることができたので、もうお気楽極楽。
    自由に演奏を楽しみました。
    でも玉ちゃんはここからが大峠。
    パスへブの演奏をステージ袖から観ている玉ちゃんの緊迫感がひしひしと伝わってきました。
    でも出番になり私の前を進む玉ちゃんは、マリアと共に板付きました。

    一曲目 オリジナル「マリア ただそばにいるだけで」
    シリアスでハートフルな玉ちゃんのバラッドです。
    私は先日会話したガットギターを使いました。
    スパニッシュ調に演奏したので、ボディーをだいぶ叩きましたが、凄く嬉しそうでした。
    玉ちゃんはしっかり歌えました、もちろん生涯初の歌ですから、細かいことを言えば切りないですが、
    こころは届いていました。

    二曲目はビートルズの「LET IT BE」
    ご存知の曲ですが、ピアノの曲です。
    これをレスポールで演るのはかなり無理があります。
    ベースのナベさんの粋なサポートを受け、ウォームな演奏ができました。
    玉ちゃんも場に馴れたのか、肩の力が少し抜けたようでした。

    三曲目は オリジナル「2012年の真実」です。
    アップミドルの軽快でファニーなグループサウンズ調の玉ちゃん処女作です。
    掛け合いもあるので、ここからはえすぱー女房改め小麦再登場です。
    音圧もかなり上げ目な曲なので、玉ちゃんはがんばって歌いました。

    そして最後の曲はやはりビートルズの「HEY JUDE」
    これもピアノのナンバーですが、レスポールでゴリ押しです。
    サビにジョンとジョージの如しコーラスを英太と私でやりました。
    玉ちゃんはポールになりきり歌いました。
    コーダでは会場の皆様もご一緒に手を振って頂けました。

    良かったね。玉ちゃん。あなたは仕合わせ者ですね。
    こころを届けるこれが音楽なんだな。

    <追記>

    玉ちゃんと私で作った音楽を無料配布します。
    本文中に出てきた、
    「2012年の真実」と「マリア ただそばにいるだけで」という曲です。
    リンクにある (我輩の作品置場)の先に色々な商品が並んでいますから、そこから選んでください。
    クリックすると”この商品に含まれるサンプルファイル”とありますので、その下のファイルのリンクをクリックしてください。ダウンロードが始まります。
    そして出来上がったファイルのファイル名の最後に拡張子.aiffを足してください。

    繰返しますがまちがって買わないでください。
    この商品は無料です。サンプル音源は同音質のファイルを用意しております。どうぞこちらをご利用ください。

    た、た、玉蔵さまに面会してきますた。

    わたくし本日"ふぐり玉蔵"さまと面会してきますた。

    えすぱー女房と子供二人を連れ、ブログ『黄金の金玉を知らないか?』のふぐり玉蔵さまに会って来ました。
    http://goldentamatama.blog84.fc2.com/

    面会したのは、とあるホテルのスイート。
    エージェントさんが手配して下さったそうです。
    そしてドアには強面のSPが二人。
    ご両名共とてもにこやかですが結して5メートル以上近づきませんでした。
    長女が寄って行くと困っていらっしゃいました。

    玉蔵さまは余裕綽々の佇まいで私達の前に現れました。
    貫禄が違いました。
    そしてハートも知性もこれぞ倭人でした。

    玉蔵さまのことをこれ以上詳しくは書けないのですが、本当に褌を身に纏っていらっしゃいました。
    えすぱー女房が顔を赤らめながら拝見させて頂きました。


    ふぐり玉蔵さま。本日は大変勉強になりました。本当にありがとうございました。

    雨にも負けず、夏の放射能にも負けず。

    わたくし、ブログでびゅーいたします。

    筆無精の極致の音楽屋でございます。
    こんごとも御贔屓に!


    さて、光子降り注ぐ今日この頃皆様いかがお過ごしでしょうか?

    曇りがちな天気なのに腕や首など紫外線アレルギーが痒いの痒くないの。
    でもわたくし、アレルギー検査では数値2。たったの2。

    11年周期の太陽活動の10年目。上がってます。燃えてます。
    そして、この異常な太陽の日没点。

    わたくし方位磁石で暦と照らし合わせました。
    結果、北に約10度ずれてました。
    同様の疑問を抱く人々の間ではこの角度は一致しています。

    しかし気象庁はじめ天文台は全く問題視していません。

    何故か?

    シュレーディンガー博士
    が唱えたように物体は観測者の意図に合わせて
    具現化するんです。
    弘法大師云う処の『色即是空空即是色』。

    用は疑問を抱いて観測しないと、太陽は暦通りなのだ。もしくは、わたしの乱視のせいで10度
    もずれたと。。。。

    そんなことを考えながら最近過ごしていたのですが、まあはじめなので、ややこしい話しは今後に続きます。

    今日は5年ほど前に女房と一緒に作ったSF小説をお届けしましょう。
    ちなみにその頃の女房はえすぱーではありませんでした。


    そうそれと。わたくしつい最近放射能ヒーリング音楽作ったんです。無料で配信してます。
    なんで放射能を避けられるかなど能書きは、次回以降で発表してゆきます。
    ↓のリンク先の『始めからはじめよう』という曲です。
    ファイル置場の都合で、金額が書いてありますけど、サンプルをDLしてください。(同音質です)
    あと、DLしたファイル名の最後に拡張子の.AIFFを付足してお聴きください。


    始めからはじめよう(it's start)/Passport to Heaven



                       『冷蔵庫の穴』

     先日テレビを見ていたらDr.コパさんが出ていた。お馴染みの風水ネタを紹介していたんだけど、そのネタの中で、冷蔵庫の扉にシールや紙を貼ると健康運が下がる、と。まぁ冷蔵庫限定ではなく玄関等、扉から良い気が入ってくるそうで、ドアに何か貼るのは運気を下げるらしいんだな。
     ウチの冷蔵庫といえばシール(バンドがライブやる時にもらうバックステージパス)やプリクラをベタベタ貼っている。
     そのせいか!!去年の暮れから風邪を引きっぱなしだ。
     なので兎に角、シールを剥がす事に!

     まずはプリクラ、これは磁石で留めてるだけだから簡単。でも数がすごい、1枚400円としてざっと16,000円分。ちなみにそんな大きな冷蔵庫じゃなく、高さ180センチ程の光沢のあるグレーの冷蔵庫だ。
     問題はバックステージパス。ほとんど布製のシールで、剥がすのはラクそう、ではなかった。
    古いシールは10年物、のり部分が冷蔵庫にベッタリで、剥がす度、見事に布だけが剥げてくる。剥がし方を考え考え、向きや力加減を微調整して、あたしの親指はプルプルして反ったまま固まった。神経が麻痺しているのだ。
     3時間後ドアに残ったのりは、全面/5枚、半分/8枚、3分の1/3枚、の計10枚分。
     疲れた。ひどく疲れた。今日はここまでにしておこう。
     冷えたキッチンにこのまま立っていると風邪を悪化させかねない。尚更、明日はライブのリハーサルだ。

     目覚めは悪くなかった。コーヒーとトーストというありきたりな朝食を摂り、バスに乗ってスタジオへ向う。バスの中ではi podでビートルズのアビーロードを聴いていた。良いアルバムだ。ひとつひとつの音が心の柔らかなヒダの部分を突き刺していき、思わず涙が零れそうになる。そして頭がボーッとしている。
     スタジオへ着くとメンバーは既にセッティングを済ませていた。あたしは急いで曲順を考え、歌詞ノートを乱雑に足元へ並べる。
     いつも通りリハーサルは進んで行く、声の調子も良いし、難無くメニューは決まって行く、がいつもと何かが違う。空気の流れというか、あたしの中でまるで時間が逆戻りしているかの様な感覚が生まれ、テンポ140の曲がまるでバラッドを歌っている気分に苛まれる。
     あたしのとある曲の一部分に「無邪気な鳥達の群れに〜」という歌詞があるのだが、この部分を歌う度、のり憑かれた様に、いや、とり憑かれた様に、「とり」が「のり」になってしまう。何度歌っても「無邪気なのり達の群れに〜」と意識とは裏腹に舌が動いてしまう。奇妙だ。あたし以外のメンバーは気付いていない。
     それ以上の変化もなくリハは終了し、直ぐ解散。少し淋しい、のはあたしだけ。メンバーはいつも通りそれぞれ街へ散って行った。あたしも通い慣れた家路へ足を運ぶ。

     アパートへ戻り、スーパーで買った竹輪の磯辺揚げを肴に発泡酒を呑む。冷えた身体が徐々に火照り出してきた。あっという間にカラになるが、何だかまだ物足りないのでもう一本飲もうと、冷蔵庫の扉へ手を伸ばした瞬間、やりかけの仕事を思い出してしまった。糊だ。ほろ酔いの頭で今日あった出来事がコイツのせいだと気付かされる。あたしの人生のある分岐点、あるいは岐路、はたまた重要な選択を迫られる時、コイツは必ず絡んでくるのだ。糊だけに。

     そう、中学3年の冬。その日は第一志望高校の面接試験だった。緊張で一睡もできなかったあたしは、朝、鏡を覗くと瞼が赤くパンパンに腫れ上がり、ウルトラマンのような目になっていた。これはマズいと焦り取り乱し、リビングの引き出しの中にあった糊をアイプチ代わりにして二重を作った。無理に二重にしたせいか、まるでヘビに睨まれたカエルのよう、吃驚した目になっていた。走って面接会場へ向う道すがら、砂埃が舞った。冬なのに走ったせいで額から一筋の汗が流れた。
     面接の先生方と向き合う形であたしは座った。一礼をして顔を上げると、全員何とも言えないいぶかしんだ表情であたしを見つめる。困ったあたしに気付いたのか、左から二番目に座っていた先生が、「転んじゃったのかな??」とあたしの顔を覗き込む。不意を突かれたあたしは「へっ?!」と答えてしまった。ご存知の通り面接は決まりきった会話を無事にすり抜けた人の勝ち。はなっからトチクリあげたあたしである。ましてやあたしは吃音持ちで焦れば焦る程悪循環が起こる。
     初めの問答は無かった事として、気を取り直し質疑応答は進んで行く。何かの質問に困り、ふと、瞼に触れると、「転んじゃったのかな??」の意味を指先で理解してしまった。糊で作った自己流アイプチは、走った汗で溶解し、舞った砂埃を吸着し、瞼に砂のアーチを描いていたのだ。そうしてあたしは第二志望の高校に入学した。

     カーテンの隙間から暖かな光が注す。猫があたしの指を舐めていた。爽やかな情景とは裏腹に、アイツのせいであたしは酔いつぶれていたのだ。
    今日こそケリをつける。開運の為にも、今後の人生の為にも、何が何でもベタベタ取るのだ。
     問題はその方法である。弱アルカリ性洗剤を使い、溶解させて拭き取るか、或いは一昨日麻痺した親指に運命を託すか、はたまたシール剥がし専用の溶剤を購入するか。
    あたしは自分の人生に絡む「糊」という便利で憎むべき存在を、全否定するかの如く、あえて第二案を決行したのだった。
     汚らしいシール糊の数々を目の前にし、頭にタオルを捲く。右手親指で丁寧に下から上へシールをこ削ぎ上げる。一枚目の半分が剥がれる頃には、親指の腹は真っ赤に腫れ上がり、痺れて使い物にならなくなった。
     しばらく悶々と悩んだ挙句、荷造り用綿ガムテープの威力を思い知るのである。
     ガムテープの粘着面を糊に押し付けては剥がし、押し付けては剥がし、少しずつではあるが見事に剥がれてゆく。ただ、小さくなった糊の欠片を剥がそうとガムテープを押し付けると、どうも冷蔵庫の塗料の外側まで剥がれてしまうのだった。
     冷蔵庫の塗装は何層にもなっているらしく、剥がれた部分はやや光沢がないグレーになってしまう。金属が見えているわけではないので、気にしない事にした。
    押し付けては剥がし、押し付けては剥がしの単純作業は、何か人を恍惚とさせるものがある。あたしは小さな糊の欠片をまるで仇のように消し去って行く。
     自己陶酔の挙句、糊の欠片は殆ど消滅したが、気付けば扉の塗装は、光沢のないグレー部分、白い部分、赤茶色の部分、まるで三毛猫のような配色になっていた。
     良く目を凝らして見ると、色の違いは何層にも塗った塗料のせいで、そのことに気付いたあたしは、一体この冷蔵庫は、何層の塗料が使われているのか、突き止めないでいられなくなっていた。

     グレーにガムテープを押し付ける、人差し指の爪でうりうりと押し付ける。景気良く剥がすと、グレーは白に変わっていた。
     今度は白にガムテープを押し付ける、人差し指の爪でうりうりと押し付ける。親の仇と剥がすと、白は赤茶に変わっていた。
     三度赤茶にガムテープを押し付ける、人差し指の爪でうりうりと押し付ける。人間失格と剥がすと、赤茶は・・・に変わっていた。
     ・・・っ、言えないのである。正確には色として言葉で伝えられないのである。敢て言うなら『虚』である。
     あたしの想像だとここで鉄板が出てくる予定だった。しかし『虚』なのだ。絶対もって塗料ではないのだ。科学的に説明出来ないが、これは何が何でも塗っている物ではなく。無いものが在るのである。言い換えれば、在るものが無いのである。鉄板が無いのである。
     あたしは見てはいけないものを見た気がして、心が吸い取られそうになり、慌ててガムテープで塞いでしまった。千切る間もなく、20センチ程伸ばしたガムテープをロールごとぶら下げた。


     目眩にも似た混乱があたしを襲った。
     冷蔵庫から逃げるように駅前のスターバックスへ駆け込み、コーヒーを飲みながら気を落ち着かせようとした。ソファに深々と座り深呼吸をしてみた。気付けば頭にタオルを捲いたままだった。コーヒーが痺れたあたしの脳味噌を、徐々にではあるが解きほぐしていく。今起きている事態を俯瞰して見てみよう。
     えっと、、ありふれたアパートで、ありふれた冷蔵庫を、ありふれた住人が、ありふれたシール糊を剥がした故、ありふれた『虚』を発見した。んんっ?ありふれてるのかなぁ。もしこの事が本当なら、後ろに座ってるお客や若い店員さんに、「お宅の冷蔵庫に『虚』あります?」と聞いても平気かもしれない。いやいや、そんな事はない。  これは親や姉にも言える話じゃないし、他人に言おうもんなら、忽ち精神病患者扱いに決まってる。しかし、事実なんだ。

     そこで解決方法。
     第一案〜〜電気屋さんを呼び、おすぎとピーコ宜しくクレームを言う。しかし十年も経っている冷蔵庫なんで、修理保証期間中ではないか。
     第二案〜〜さっきまでの出来事は無かった事にして、冷蔵庫を粗大ゴミとして処分する。
     第三案〜〜やはりさっきまでの出来事は無かった事にするが、今まで通り冷蔵庫(『虚』も含む)と一緒に暮らす。
     第四案〜〜あたしが1人で『虚』を確かめる。

     混乱したあたしの頭で思いついたのは、こんなとこだった。あたしの性格上、というか人生今まで、クレームなど人に言った事が無いのである。当然第一案は却下だな。
    粗大ゴミか、、。処分するにはいくらかかるのだろう?ましてや捨ててしまったら、新しいのを買わなくてはいけないではないか。金が無いから、うら若き乙女のあたしが、竹輪の磯辺揚げで一杯やっとるわけだ。
     もし第三案、一緒に暮らすってことは、ガムテープを見る度にあたしは背筋を凍らすわけだ。得体の知れないアイツ『虚』に!
     ということは、第四案あたしが1人で『虚』を確かめる、しかないようだ。あたしは今まで何だって独りでやってきたさ。16才で高校やめて、シンガー目指して東京に出てきたではないか。
     よし!覗いてみるか、例のものを。
     あたしはコーヒーを飲み干し、勢いよく腰を上げた。立ち眩みがした。そうだ、朝から固形物を口にしていない。1番安くてエネルギーが豊富と思われる、シュガードーナツを景気付けに2個買いだ。
     ドーナツを頬張りながら桜並木を歩く。裸の木々達は真っ逆さまに新しいあたしを迎えてくれるようだ。薄手のコートでも寒さを感じない。

     冷蔵庫の前へもう一度立ちはだかる。高鳴る鼓動を手でそっと撫で下ろす。大丈夫、あたしならできる。できる子だ、昔から要領の良い子だった。
     ロールごとぶら下がったガムテープに変化はない。おそるおそるガムテープに指を這わせてみる。何も起こらない。
     肝心の部分、あの部分にそっと指先で円を描いてみた。びくん。一瞬わたしの体の外側から、何かが迫ってくる様な気配がした。体には何も付いていない。誰もいない。今のは何だったんだ。ソファで丸くなった猫を一撫でし、心を落ち着かせる。そしてもう一度あの部分に手を伸ばす。もう大丈夫だ。今度は中心を押してみる、本当なら鉄板だから押せないはずが、なんと柔らかな感触である。
     ここまで来たらもう後ろには下がれない。これが何なのか、何者なのか、確かめなければ。
     あたしはそーっと慎重にガムテープを剥がした。
     ・・・出た。これだ。あたしを支配する『虚』だ。さっきはあまりの強烈さに我を失いかけたが、あたしの中に免疫が構築されたようだ。
     一円玉くらいの大きさのこれに、まず、右手人差し指を第一関節まで挿入してみた。、、ギャッ!吃驚して思わず声を上げてしまった。何なんだ、この感触は。冷たくも熱くもない。ただ、ぶにょぶにょと、気色の悪い何かが剥き出しになっているような、まるで水溶き片栗粉の感触だ。
     ますます混乱に陥る。しかし確かめなくては。そう、確かめるには穴が小さ過ぎる。あたしはその穴の回りにガムテープを押し付ける、人差し指の爪でうりうりと押し付ける。勢い良く剥がす、を繰り返した。ひたすら繰り返した。必死に、自らの身を捨てるほど、必死に。


     眠らなかった。あたしは眠くならなかった。いつ夜が明けたんだろう。何日経ったんだろう。ボロボロの両手は『虚』に潜む何かを目指し、止まらなかった。
     気付けば目の前にあった扉のあの穴は、冷凍室の扉一面の大きさにまでなっていた。
     塗装を剥がしているうち、何度か指や、時には手首まで『虚』の内側に浸してしまった。しかし、あたしの肌に異常はみられない。
     あたしは『虚』を冷静に見られるようになっていた。爪で弾くと滑らかな波紋が広がる。何とも言い様の無い色の冷凍庫の扉は、案外インテリアとしては、シックな気がしてきた。
     常識的にいえば、冷凍庫に手首まで入れているのだから、ー15℃はあるはずなのに、室温と変わりない。突っ込んだあたしの手首はどうなっているんだろう。
     試しに肘まで腕を入れ、冷凍庫の扉を開けてみた。なっなっなんと!あたしの右手が無い。扉の内側にあるはずの、あたしの右腕の先が見えないのである。慌てて腕を引き戻す。ある。ちゃんとあたしの腕はある。折れてもないし切れてもいない。どういうことか?『虚』の先は一体どうなっているんだ。
     ふと、何か物を入れてみようと思った。何がいいか。大きな物がいい。そうだ、あたしの唯一のお勉強道具、地球儀を入れてみよう。たまたま目についたのだ。
     冷凍庫の扉を15センチほど開けたまま、地球儀を両手で持ち上げて壁へ入れてみる。な、無い。やはり無い。あたしは地球儀を抱えている。それなのに扉の内側からは地球儀が見えない。腕をこちらへ引けば地球儀は見える。そして、手から離してみた。無い。冷凍庫にあるはずの地球儀が無い。どこへ行ってしまったんだ、あたしの地球儀。
     尋常ではない。してはいけない事をしているのか。しかしあたしは体験している。あり得ない事を目の当たりにしている。
     そんなことより、この地球儀はおじいちゃんから貰った大切な宝物。よりにもよってなんで地球儀入れちゃったんだろう。馬鹿だ馬鹿だ!
     慌ててあたしは踏み台に載り、右腕を肩まで突っ込んで、めくら滅法辺りをまさぐった。下の方で指先に何か触れた、地球儀かな?真上から丸い部分を掴むつもりで指を広げた。ゆっくり指をすぼめる。期待とは裏腹に紙の様な物を5本の指で挟んだ。躊躇はせずに引き上げてみる、そんなに重くはなく、苦もなくそれは取り出せた。
     驚く事なかれ、あたしの地球儀だった。
     え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。
     薄い何かを摘むように引き上げたのに、出てきた物は地球儀。なんでぇ〜〜〜〜〜〜〜。昨夜から酷使している、あたしの指の感覚が麻痺しているのだろうか。
     いやいやここは冷静に、と自分に言聞かせつつ。今度は右手で、勿論立体的に地球儀を掴んで、『虚』に挿入。
     すると地球儀が扉に消えると同時に、あたしは紙切れを摘んでいる感覚に変わった。
     ありえない、でも現実だ。要するに『虚』の先は平面なんだ。2次元ワールドなのである。不思議の国アリスのトランプ兵隊である。
     我に帰ったあたしは、『虚』の向こう側の床の存在を悟った。地球儀の高さ約30センチを計算に入れると、向こう側の床は、家の床から約40センチ上に存在する。
     行ってみるか?いや、そんな大胆な。
     葛藤した挙句、まずはこの目で見てみることにした。その為にはまず足元を安定させなくては。あたしは踏み台をかたずけ、リビングテーブルを移動した。
     そして、向こう側で息が出来ないと困るので、洗濯機に付いているゴムホース。何かあった時用に、バイクのヘルメットとスノーボードのゴーグルを用意した。
     そして全てを装着したあたしは、奇怪な格好で『虚』の向こう側探検に挑んだ。

     瞳を閉じ、ホースをくわえる。無論ホースの反対側はこちらの世界に置いておく。『虚』に頭を入れてみる。徐々にヘルメットが沈んで行く、境を越える時少しだけ気圧が変化したのか、軽い耳鳴りがした。ホースにあたしの息使いが響く。両手で冷蔵庫の角を掴み、あたしの肩から上は『虚』の向こう側に沈んだ。
     恐る恐る瞼を開ける。驚きのあまり「んぼっ!」と声が漏れた。
     『虚』の向こう側、そこはあたしのアパートだった。それも平面の!レンジの回りの汚さや、パンやら煙草やらが雑然と置いてあるサイドボードまで、寸分違わぬまさしくあたしん家だった。
     そして、床が40センチ高かったのも、ご丁寧にあたしがさっき運んだリビングテーブルがそこにあるからなのだ。
     あまりの驚きにホースが口から出てしまったが、息ができているので地球なのだろう。あたしはヘルメットとゴーグルを外し。人の気配は感じられないので、毒を喰らわば皿までとばかり、2次元のあたしん家に上がり込むことにした。
     そこは何から何まであたしん家。あたしが可愛がってる猫までいた。ところが平面なので横からは撫でられるけど、上からだと摘む感じだ。まるでエジプトの壁画だ。そう思って自分の手を見てまたビックリ。あたしの手も平面なのだ。厚みがないのだ。
     自分の身体が心配になり、鏡の前に立った。正面からだといつものあたしだ。でも横を向くと、、なんとあたしの身体は鏡に映っていない、やはり厚みがないのだ。
     斜めを向くと、あるポイントを境に、真正面か、無しか。究極のALL OR NOTHING ワールドである。あたしは気付いた。この世界、鼻の高さは関係ないのだ。また、胸の大きさも関係ないのだ。きっと美容整形も全く違う方法なのだろう。あたしのコンプレックスは関係ないのである。

     暫く考えた。本棚の上の2次元のあたしの写真は、あたしと同じ顔をしている。というか、あたしん家にも同じ写真が同じところに置いてある。
     ここの住人はあたしなのだ。更に考えた。あたしはあたしに会うべきか。
     もし、会ったなら、どんな挨拶をすればいいのだろう。吃音持ちのあたしははなっから「はっはっはじめまして」、そして相手も「どっどっどっどうも」。話がはずむわけないのである。きっと相手も同じ事を悩んでるはず。猫のなつき方からして、同一人物なのだ。
     彼女もあたし同様、温もりを求めているはず。自分を愛せないまま、日々を過ごしているのだ。この一件が起きてからあたしは、『虚』という存在に親近感を抱き始めていた。それは、彼女の、そして自分の心に宿る『虚』が具現化されたものなのかもしれない。
     あたしは目を閉じ、全神経を集中させ、そっと彼女と鼓動を重ねる。あるだけのエネルギーで、間違いのない自分を守るように。

     決めた。会う必要はない。会った所でそれは自分なのだ。

     あたしはなんだか清々しい気分で、平面世界を後にした。部屋の匂いが温かい。ここがあたしの居場所なんだ。
     そして数日後、例の『虚』を隠す為に、丁度良い大きさのホワイトボードを買ってきた。『虚』はインテリアとしては良いのだが、他人に知られると面倒なのだ。
     金具を上手い具合に折り曲げて、冷凍室の扉に掛けようとした。あたしは何気なしに『虚』の感触を味わおうと、指を挿入した。するとあちら側にも何かボードらしき物で、覆いが施されているようだった。
     そうだよね、だって、あたしなんだもの。
     でもこんなものぶら下げたら、ますます風水に悪いかもね。
    波動学イヌサンストリマス~序章~
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    Author:keinudidio
    いーろいろ音楽作ってきました、新参者も早55。
    しかし抱える女児二人。さらなり女房えすぱーでござい。
    乱世陰謀雨霰。手前の音楽つづけたものか?
    いやいや浮き世は人情でござい。宵越しの銭は持たないと、
    心に誓、逃げてく日銀。
    色即是空、空即是色。。。。。
    そんな男に私はなりたい。                   山田貢司

    波動学とは現行科学のジャンルを超えて理解することが多岐にわたる為、記事の始めから読み進めることを推奨いたします。

    山毛欅焉、凸品卍

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